黒鉛の削り跡

アニメ見たりアニソン聴いたりした人が書いています。

劇場アニメ映画「漁港の肉子ちゃん」で貴方は少し幸せになれるかもしれない

2021年、それは劇場版アニメ特異点

オリジナリティとクオリティが両立する作品が無限に劇場で上映されている。

シン・エヴァンゲリオンに始まり、劇場版FGOキャメロット後編、

劇場版レビュースタァライト、映画大好きポンポさん、閃光のハサウェイ

全て劇場で見る価値のある素晴らしい作品であり、全て見るべき作品であることは確かだ。

 

だが、これらはもう賢明な諸君であれば全て履修済みであろう。

そんな君に捧ぐのは、そう

「漁港の肉子ちゃん」

である。

29kochanmovie.com

 

多少のネタバレを含むため、気になる方は是非先に劇場に向き合ってくれ。

この映画で語るべきことは多くない、この映画で向き合うべきことは

 

 映画として

吉本興業が企画をし、明石家さんまがプロデュース、studio 4℃が制作する漁港の肉子ちゃん。

そこだけ切り取るとあの「えんとつ町のプペル」みたいな作品?と思う方もいるだろう。

確かに芸能人プロデュースで制作会社も同じとなると後釜を狙ったような作品に見えなくもない。

(なお私はプペっていないのでこちらへの言及は避ける。いつか機会があれば見てみたい)

おそらくプペルの上映に際して起こったキナ臭い問題は、このスタジオの名前やこの方式を

悪い方向に印象づけてしまっている部分もあるだろう。

 

だが、この作品はそれを否定してくれる。

概要はだいたいここに書いてあるので、プロの書いた文章を読んだほうがよい。

realsound.jp

 

作品として

主人公であり、語り手である「キクりん」は小学5年生。

思春期というにはまだ早い、自身の気持ちや身体をまだそれほど理解できていない多感な時期。

母親である「肉子ちゃん」は男運がなく、悪い男に捕まっては街を転々とするようなどうしようもない親。

そんな2人が今生きている東北のとある田舎の港町を舞台として物語は進む。

 

確かに始まった瞬間の雰囲気や前半の話を見ている間、自分はかなり懐疑的な気持ちでスクリーンと向かい合っていた。

田舎暮らしの不条理やその美しさは昨今のアニメーション作品で幾度となく描かれてきた情景である。

その再演を改めてスクリーンで見ても「またか」という気持ちになってしまうかもしれない。

劇場での映画鑑賞という時間は否が応でもその作品と向き合わなければいけない時間であり、

自分の思考からもまた逃れられない時間なのである。

 

この作品はそれを伝えるための作品ではない。

人生を謳歌する楽しさでもない。

ただ、そこで生きる1人の少女が自分自身の成長と向き合うだけの話である。

なんとも言えないテンポで差し込まれる肉子ちゃんイメージ、キクりんの過剰なまでの心情吐露、そして言葉を話す生き物たち。

誰かと誰かがつながるわけではない。

誰かが何かで救われるわけでもない。

「普通」の日常のふとした変化が、明日へのスパイスとなっていく。

友達と仲違いして、仲直りして、その過程で気づく他人の難しさや自分の汚さ、

それが日々の糧となり、人々は大人になっていくのである。

 

肉子ちゃんは心からの「不器用でブサイクな良い人」であり、人生の酸いも甘いも全て経験しながら、今を幸せに生きる1人の母親である。

母と娘、これもまた無限の作品群によって無限に語られてきた物語である。

本作の美しさは、その無限に語られてきた物語を主題におかないことである。

となりのトトロ」を引用したくだりが多く登場する。

それは転じて、もうジブリで語られた事柄をここで再演しない強い意思を示している。

この作品で描こうとしたものは「トトロに魅せられた少女の今とその少し向こう」であろう。

 

吉本興業もとい明石家さんまがプロデュースということもあり、声優にもよしもとの芸人が多く参加している。

声優が芸能人、というのは我々オタクにとっては毎度もにょる部分ではあるのだが、今作はそこにあまり違和感がなかった。

ジブリ作品といえば芸能人起用 → ジブリっぽい作風ならちょっと声優オカシクても許容しちゃう気持ちがあることは否定しない。

だが、それを差し引いても、芸人起用は逆に正解であったと思えるくらいにマッチしている。

キクりんの身の回りで話す生物達は皆、どこかで聞いたことのある芸人の声をしている。

それこそが本作のファクターであり、キクりんをキクりん足らしめているアイデンティティの一つとなっている。

自分を演じる芸人を彼らに当てることによって生まれる新しい世界、それがうまく引き出されていた。

ところどころに挟まる「笑い」は確実にさんま師匠のディレクションであろう。

それが我々に向けたスパイスであり、少し普通ではない体験をさせてくれる役を担っている。

 

 

この作品はポストジブリ作品として非常に重要な作品となるかもしれない。

老若男女楽しめるアニメーション映画として、見た人々が幸せになる名作として、

是非この心地よい笑顔を振りまいてくれるこの作品を、貴方の心の清涼剤として試してみてはくれないだろうか。

このありふれた日常の上にある、ちょっとおかしな母親とちょっと不思議な同級生と

まだまだ自分がわからない少女が、ただゆっくりと成長していく、そんな物語を眺めてみてほしい。